先週末、充実した二日間を過させていただいた。
土曜日は焼津市総合福祉会館で“ツキを呼ぶ魔法の言葉”の著者、五日市剛氏の講演会があり5~6年ぶりに“ありがとう・感謝します”ワールドに浸ってきた。
学生時代にイスラエルで起きた“おばあさんとの不思議な体験”から人生がガラリと変わったという話を5~6年前に東京で聞いて以来の講演で、今回はご自分の事でなく“ツキを呼ぶ魔法の言葉”を読んで、それを実行して成功された方、困難を乗り越えられた方の感動的な話でした。ゴルフの石川遼選手もその一人とのことでした。
いやな事があったら“ありがとう”嬉しいことがあったら“感謝します”を唱えることで人生を前向きに生きましょうという、楽しい講演でした。
小林正観さんの亡き後“ありがとう教”?を背負って長く頑張って欲しいものです。
日曜日にはなんと、その“感謝します”を唱える出来事が起こりました。
高校二年生の時より書きはじめた短歌で、賞というものを初めていただくことになり、その表彰式に呼ばれて行ってきました。
焼津市文化センターで行われた「文化豊かな焼津市に・将棋と短歌のコラボによる地域文化財の活用」の一環として催された「ふるさと焼津」短歌コンクールで、特別審査員の田中章義氏に因む“田中賞”を頂くことになり参加しました。
観光協会にお世話になっているし、焼津市の短歌コンクールでは多分応募者なんてあまりいないだろうからと、“枯れ木も山の賑わい”のつもりで応募した作品のひとつが田中章義氏の感性とたまたま共鳴したようでした。
“この短歌をどんな方が作られたのかお会いしたかったから選ばせていただいた”とのメッセージをいただき、特にプロの歌人の方からチョイスしていただいた事に大感激でした。
高校時代の恩師古瀬潤先生から“作歌のすすめ”を教えられ、自己流でただ「5・7・5・7・7」と指を折り続けて47年、こんな経験ははじめてのこと、恩師にお礼をと思うのだがすでにあちらの世界に。せめてこころで“ありがとう・感謝します”を唱えよう。
若い頃は鰹を追って小笠原海域までも、歳取ってからは桜えびやしらす漁に出て四人の子供たちを育て、晩年は痴呆症をわずらい、連れ添いの顔もわからなくなってからも、ベッドに横たわりながらも、しらす漁の網をたぐりよせる仕草を繰り返していた親父さんを偲んでの一首
潮騒が 遠くに聞こゆ 安らけく
漁師で逝きし 親父が寝息か かつみ