今年に入りもう二人の近しい人を見送った。
一人はこれから一緒に仕事が出来るといいねって話し合ったのが亡くなる週間前であった。
前日までとても元気で、東京に出張して翌朝そのまま帰らぬ人となった。享年51歳であった。
小学1.3.4年と可愛い盛りの息子たちを残して・・・
時折プチ断食をしたりして健康に大変気遣いして、自身も整体の師範として、多くの門下生に慕われていたのに・・・
仕事上の大きなストレスが彼を蝕んでいたのだろう。弔電の中に弁護士からのものがあり、何よりそれを物語っていた。
彼の持っていた技と心はこれからの時代に特に必要とされるもので、貴重な存在であっただけにそれにしても残念である。
そしてもうひとり、同じ頃近所に家を立て、地域にお葬式があると同じ土人衆として努めてきた仲間。今回は見送られる立場に。69歳であった。
送って、送って・・・そしていつか自分も送られる。そんな当たり前のことも、葬儀のやり方がどんどん変わり、地域によっては、すべて業者まかせで“お金”で取りしきる所もでてきているようだ。
“土人衆”とは単に葬式の段取りをこなすことではなく、故人に生前お世話になったことへの感謝の気持ちを現すご奉仕のはず。
故人にとっても、葬儀を通して、残した家族と地域の人たちの絆を深める最後のお務めであろう。
古いしきたりの中にはそれなりの意味を持っていて、効率だけで変える風潮は好ましくないのでは・・・
そう思うのは自分が年取ったせいだろうか。